校長挨拶 冨山 隆

ご挨拶に代えて

校長 冨山隆初代院長坂田祐先生が、関東学院の源流の一つである東京学院中学科4年に入学したのは、数え歳30の時であった。軍人ではなく教育者としての道を歩む決意の表れであった。翌年、明治42年3月の卒業式に読んだと思われる総代としての答辞が残されており、「麻布中学校長閣下」の臨席への感謝と心揺さぶる祝辞に共感するくだりがある。卒業式席上での祝辞に即答する答辞には無理があるが、
有力なキリスト者の発言への信頼と期待を込めて用意した文言と思われる。
この人物は、キリスト教信仰を基に教育を行う東洋英和学校を継承した江原素六氏である。彼は、徴兵猶予と上級学校進学を制限することで宗教教育への圧力をかけた文部省訓令第12号に対して、国会議員としての活動のかねあいもあり、その要素を排除して麻布尋常中学として再出発させた。もちろん、信仰者としての魂は熱く燃え続け、東京学院の卒業生に東洋英和学校の卒業生を重ねていたことと拝察する。
会津白虎隊の末裔である坂田祐先生と幕臣として戊辰戦争を戦った江原素六氏とをつなげているのは明治維新の荒波だけでなく、バプテストとメソジスト、その流れの違いはあるもののキリスト教信仰であり、江原氏と親交の篤かった、東京学院初代院長渡瀬寅次郎先生である。
大正12年5月5日発行『江原素六先生傳』所収の、「渡瀬寅次郎氏と先生」によれば、「東京興農園主渡瀬寅次郎氏は沼津小学校に於てまづ先生を知り、東洋英和学校教頭として先生を助け、東京市参事会員として先生と辛苦を俱にしたる人なり。」(漢字は新字体とした)と紹介されている。
さて、昨年NHKテレビで放映された『花子とアン』には、主人公が通う女学校(東洋英和女学校がモデル)の学生と男子学生が集う教会の場面が描かれていた。この教会が、現在の日本基督教団鳥居坂教会である。そして、この鳥居坂教会の牧師は、橄欖会員である野村稔氏である。野村師は、大学卒業後、一時企業に勤務したのち神学校で学び、銀座教会、遠州栄光教会を経て、昨年、着任した。
 100年以上も前に、渡瀬寅次郎先生によって江原素六氏と坂田祐先生が、東洋英和学校と関東学院がつながり、そして今なお鳥居坂教会において野村稔師に受け継がれていることに、神の奇しき業を見る。関東学院は昔も今も将来も、神の手の内にあることを知るのである。